恋心



『恋』……異性に強く惹かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち。

「…………『会いたい』……。『ひとりじめにしたい』…………」
…………ひとりじめになんて、僕には、とても…………。

「………『恋』…………かぁ………」
僕は深くため息を吐いて、国語辞典を閉じました。
………こんなことを調べて、どうしようというんだろう、僕は………。
頭で理解したってどうしようもない………それが、恋というもの………なのに…………。

お昼休みの図書室は、人影もまばらで、シンと静まりかえっていて、とても落ち着きます。
特に用事がなくても、つい足が向いてしまうのは……きっとそんな理由からでしょう。
静かに独り考える時間………それは僕にとって、とても大切な、宝物のような時間なんです。
………………だけど。
………近頃僕は、独りこうしている時でも、気がつくといつも、あの人のことを考えてしまっている………。
あの人の笑顔。あの人の声。
浮かんでは消えて、また浮かんでは、消えて…………。
その繰り返し、なんです………。
………………本当に、どうしちゃったんだろう、僕は……………。
独りでいる時間より、あの人といる時間をより強く、望んでしまっている…………。
…………望んだってそれは………それは多分……………。

「…あれ、守村くん？」
ふいに、あの人の声がして、僕は驚いて顔を上げました。
「……花野…さん………」
そこには、数冊の本を両手に抱えた、花野さんの姿がありました。
「お昼休みも、図書室で勉強してるの？……さすがだね〜〜〜。感心しちゃうよぉ」
屈託なく笑う花野さんに、僕は思わず見惚れてしまい………。
「………守村くん？………どしたの？」
心配そうに、顔を覗き込まれてしまいました。
「い…っ、いえ、何でも………何でもありません！」
慌ててそう言ったものの、やはり花野さんは心配そうに、僕を見ています。
「あの………花野さんはここに、本を返しに………？」
注意を逸らそうと、僕は他愛のない質問をしました。
「え……あ、うん。……っても、これは自分で借りたものじゃなくて、先生に頼まれたんだけど」
「先生って……氷室先生ですか？」
「ううん。世界史の安藤先生。……さっき廊下ですれ違ったら、呼び止められちゃって……。頼まれたの」
「………そう、なんですか………」
……安藤先生、ありがとう……………。
僕に少しの、花野さんとの時間をくれて………。
「あの……そんなに返却する本があると、大変でしょう？……棚に戻すの、お手伝いしましょうか？」
「えっ、いいの？…ありがと〜〜。助かるよ！」
そう言って微笑む花野さんの手から、本を預かろうと手を伸ばした、その時でした。
「……花野」
声のする方へ顔を向けると、葉月くんがこちらへ歩いて来て、僕達の前で足を止めました。
「珪くん。……どうしたの？」
………珪……くん…………。
花野さんは、男性の中で葉月くんのことだけ、名前で呼びます……。
…………葉月くんが名前の方で呼ぶのも、花野さんだけ……です。
それくらいのこと………と思われるかもしれませんけど、これって案外、重要なことです。
ほとんどの人のことを、名前で呼んでいる人には当てはまりませんが、逆に、ほとんどの人を苗字で呼んでいる人にとって、名前で呼ぶ、という行為は………それはとても、意味のあること……なんです。
……………僕が、そうであるように………きっと……………。
「探した……。……そんなに本、抱えて……どうした…？」
「…あ、これ？　安藤先生に、本の返却頼まれたの。守村くんが、手伝ってくれるって言うから、お言葉に甘えようかなって………え？」
葉月くんが、花野さんの手から、全部自分の手に、本を抱え込みました。
「…これ全部、棚に返せばいいんだな？……俺が、手伝う。……守村、勉強中だろ……？」
「え…っ。………あ……ハイ………。………それでは、お願いします………葉月くん」
…………本当は……僕がお手伝いしたかったけど…………。
でもきっと、花野さんも僕が手伝うより、葉月くんに手伝ってもらった方が、嬉しい……でしょうし………。
……いいんです……。
僕には、花野さんは眩し過ぎる存在………ですから………。
葉月くんの隣で笑っている花野さんは、他の誰といる時より、幸せそうで………。
花野さんが幸せなら、僕は嬉しい………。
大好きな人の笑顔は、何よりも嬉しい…………………はず、なのに…………。
………どうしてなんでしょう………こんなにも、胸が痛い…………。

「……おっ。…おったおった、花野！」
ハッとして顔を上げた僕の目に、上機嫌な姫条くんの笑顔が映りました。
「こんなところにおったんかいな。…探したで〜〜〜」
「姫条くん？……え、どうかした？」
「どうかしたて……ツレナイな〜〜〜。昼休み中ずっと探してたんやで。…もっと労わってや」
「え、そうなの？……ごめんね、探させちゃって……」
「いやいや、それはエエねんけどな。……それより花野、今度の日曜て、何か予定あるん？」
「え……、日曜………？……どうして？」
「実はな〜、バイト先の店長に、遊園地のタダ券貰てんけど………一緒に行かへん？」
「…え…っ。………え……えぇと…………」
花野さんはちょっと困ったように、隣の葉月くんを見ました。
葉月くんは、そちらに顔を向けずに、黙々と本を元の棚に戻しています。
「な、エエやろ？　たまにはつき合ってぇな」
「…あ………えっと…………その……………」
………葉月くん…………。
どうして何も言わないんでしょう……？
まるで、わざと気にしないふりをしてるみたいに、ずっと顔を逸らして………。
………花野さん、心配そうにそっと、葉月くんを見てるのに………。
「……………わたし、その日は…………あの………」
「ん？……なんや、用事あるんか？」
「え……あ………え〜…と…………そのぉ〜〜〜………」
……………そうか。
葉月くん、きっと………自分の口から、はっきり断って欲しいんですね。……花野さんに。
……………自分に止める権利は、まだないから……って、思ってるん…でしょうか………。
……でも、でも葉月くん、花野さんは…………優しい、人だから…………。
あんな風にお願いされたら、きっと……………。
「えっと……わたし…………わたし……………」
「……あの！………ごめんなさい、姫条くん。その日花野さんは、僕と約束してるんです」
……わ……っ…………何てこと言っちゃったんだろう………僕は…………。
「へ？………も、守村とぉ？」
「ハイ。……園芸部のお手伝いをしてくださるって…………そうですよね、花野さん？」
「えっ！」
花野さんはびっくりしたように、僕を見ました。
葉月くんも一瞬手を止めて、こちらをちらっと窺いました。
「…………あ………あ、うん！…実は、そうなの！！……ごめんね、姫条くん」
……………よかったぁ………話を合わせてくれて……………。
「………な、なんや………そうやったんや…………そら残念やな………。……ま、しゃーないわ。また今度、つき合ってぇや。………ほな、な」
姫条くんはがっくりと肩を落として、図書室から出て行きました。
………ごめんなさい、姫条くん…………。
でも、僕は………僕にはどうしても、困っている花野さんを黙って見ていることなんて…………出来なかったんです…………。
「………ハァ………。……ありがとう、守村くん。………ごめんね、嘘なんて吐かせちゃって………」
「…あ……いえ………。お困りのようでしたから、つい………。出しゃばっちゃって、ごめんなさい」
「ううん！　ほんとに、助かっちゃったよ。……あ。………姫条くんには、申し訳ないけど………わたし、やっぱり………」
ポン、と花野さんの頭に、葉月くんが手を置きました。
「………終わったぞ、返却………。…………行くか」
「あ………うん！」
２人はお互いの顔を見て、微笑み合いました。
……………やっぱり………お似合いですね……………。
僕の入り込む隙なんて………ありはしない…………。
…………わかっていたことですけど…………やっぱりちょっと…………辛い…………です…………。
「じゃあね、守村くん。……ありがとう」
「あ……いえ………」
２人揃って歩いて行こうとする、その一瞬…葉月くんが僕の横を通り過ぎる時。
「…………悪かった、な………」
ボソッと呟き、申し訳なさそうな顔を僕に向けてから、花野さんと連れ立ち、図書室を出て行きました。
「…………葉月くん………」
………気づかれて……いるんでしょうか……………僕の、気持ち……………。
……………花野さんには…………きっと、気づいてもらえない………でしょうけど………。
…………でも、それでいい…………きっと、それでいいんです…………。
僕の気持ちを知ったらまた……花野さんを、困らせてしまう………でしょうから………。


……………恋……………。
どんな方程式を解くより、僕には難しい問題です…………。
その答えを見つけることが………いつか僕にも出来るでしょうか………。
…………いつか…………僕だけの答えを、見つけたい………。
きっと見つけられる。
そう、信じています……………。



end

カウント1234ＨＩＴ報告＆キリリク、ありがとうございました！！
2004.04.14. 中泉 花野さんへ。　happiness管理人、まつるより。　



まつるさんのサイト「ｈａｐｐｉｎｅｓｓ」にて、またも！カウント1234踏んで、キリリクをゲットしました！
本当にいつも我が儘聞いてくれてありがとう！
大切にします。2004.4.18　花野

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